代表者挨拶
私は3歳の時からぜんそくが酷く体が弱かったので、体を鍛える為に両親が剣道と水泳を習わせてくれました。その時の剣道の先生のお言葉で、人に勝ったから嬉しいのではなく、自分に勝った時が一番嬉しいのだと、その事を剣道で学びなさい。自分に勝つという事は、人の心の鏡は常に曇りやすく、誰もがそうであり、それを常に磨き続けられる人になりなさい!整理整頓と清掃を心がける事は、心の鏡を常にきれいに磨こうとする姿勢に似ています、だから常に整理整頓と清掃を心がけなさい!と教えて頂きました。私は子供達にスポーツをさせる一番大切な目的は、この事にあるのではないかと思います。人間は誠実に生きたいと思うけれども、何度もころんでは立ち上がらないとダメなんだと思います。子供が才能がなくても一生懸命体操の練習に取り組んでいたり、成績がなかなか上がらなくても勉強をがんばる事ができたり、そして相手の事をお互い大切に思える事ができたり、その勤勉さや誠実さそのものが、その人の一番の財産になるのであって大切なものになるのだと思います。将来社会人になっても、その勤勉さや誠実さを持ち合わせていたならば、それだけで信用を勝ち取り、大事な事をまかされる様になり、その人の周りには多くの人が集まる様になると思います。自分の心の中の鏡をきれいに磨き続けられる様になるという事は、常に自分を助ける力となり、その人がその人自身を一番大切にしていく行為だと思います。向日葵体操クラブの体操指導を通じて、生徒達にこの事を伝えていけたらと思います。
株式会社向日葵体操クラブ
代表取締役 中上 仁志
クラブの名前の由来
子供達はいつかみんな大人になって、いろんな職業につき、お互いがみんなでみんなを支え合って生きて行きます。体操クラブに来ているどんなお友達でも、お互いを大切にし、相手を大切に思う気持ち、感謝の気持ちを忘れない様に、そういう事を一番学んでほしいという願いを込めて向日葵体操クラブという名前にしました。
大切にしている事、気を付けている事
授業の時前準備をしっかり行い、授業が円滑に行える様、待ち時間が少なくなる様に取り組んでいます。後は明るく笑顔で子供達に接する事が出来る様に、今日、子供達は何回笑ってくれただろうか?笑わない子、あまり楽しそうにない子はどうすれば笑ってくれるだろうか?そんな事を大切に考えて、向日葵体操クラブに来る事が楽しいと思ってもらえる様にする事を、一番大切に考えています。
挨拶・礼儀・感謝の気持ちについて
よく剣道をはじめとする武道の世界では、礼に始まり礼に終わるといいます。挨拶は相手に対する感謝の気持ちを敬意を持って表す事であり(よろしくお願いします! こんにちは!ありがとうございました! )、そこに気持ちが入っていないと意味がありません。 まず練習ができる体育館がある事に感謝!切磋琢磨して競い合える仲間がいる事に感謝!体操を教えてくれるコーチがいる事に感謝です。それはコーチである指導者も同じで、体操を教える事ができる体育館がある事に感謝!体操を習いに来てくれている生徒達に感謝!送迎をして頂いている保護者の方々に感謝!です。勝負や試合の結果も大切ですが、それよりも挨拶・礼儀・クラブ(道具・施設)を大切にして整理整頓を心がける姿勢・練習に取り組む姿勢・感謝の気持ちを忘れず和を大切にする姿勢を向日葵体操クラブでは大切にしていきたいと思います。
授業の基本方針
授業の基本方針としては、指導スタッフに出来るだけ子供達に怒らない様にと伝えています。ご父兄の方々にはもっと怒って下さい、叱って下さいとおっしゃって頂きます。もちろん待っている間にきちんと体操座りをしていなかったり、お友達の練習を見ていなかったり、言葉づかいが悪かったり、怒らないといけない場面は必ずあります。そういう時はきちんと叱りなさいと伝えていますが、毎回怒られたり叱られたりしても、人より時間がかかる生徒もいます。1つの技が出来る様になるにも、上達が速い子と遅い子がいます。そういう生徒がいたとしても、指導スタッフに少し長い目で見てあげて欲しいと思いますし、そういう生徒を毎回、人の前で怒ったり叱ったりしてしまうと、この子はいつもコーチに叱られているダメな子なんだとみんながそう思う様になってしまいます。それが私は子供のスポーツ指導で見ていて一番良くない場面だと思うのです。私も当初働いていた職場の上司から、子供を怒ってばかりはダメだと言われて、どうしてちゃんとしない子を怒ってはダメなのか?反感を持っていましたがそういう生徒がいたとしても、上手にみんなを楽しく練習に引きこんで、ルールを守らせながら明るく指導出来る先輩指導者の指導を見て、本当に神様がその人に宿っているんじゃないかな~と思うくらい感動しました。跳箱の苦手な生徒に私は一生懸命がんばれがんばれと、出来ていないところばかり指摘して叱って指導していたのですが、もともと体重も重い生徒だったのであきらめて言う事を聞かなくなり、動かなくなってしまいました。でもそのコーチは少しでも出来ているところを、ものすごく褒めて笑って、まるで大道芸のパフォーマーの様に、周りで見ている保護者の方々をも笑いの渦に引きこんで授業をします。その子は全く怒られていないのに楽しくコーチの言う事を聞いて練習しています。その子がちゃんとしなかったのではなく、ちゃんとした私自身の知識 ・ 経験もなかったという事と、その子に対してのやさしさも自分は足りていなかったという事に気付かされました。私は自分の目の前の道が開けた様な気がして、子供のスポーツ指導という仕事が楽しくて仕方がなくなったきっかけです。強いて例えるなら、自分はそれまで、サウンド・オブ・ミュージック の登場人物である、トラップ大佐(ひとりよがりの軍隊式)の様な考え方で子供達に接し、先輩の子供達への接し方は マリア の様な接し方でした。向日葵体操クラブの指導スタッフにもそれが出来る指導者を目差して欲しいのです。
本科クラスについて
コースについては年齢を基準に分けているだけで、基本的には進級基準表をもとに練習を進めています。体操はどうしても重力に逆らった運動ばかりするので、体操が得意じゃない子や体重の重い子、筋力の弱い子などは途中で挫折しやすいです ・ ・ ・。逆上がりができないから、跳箱がとべないから、得意じゃないから体操を習いたいのにです。ところがスイミングの水泳指導は、水の浮力が体を浮かせて助けてくれるので比較的どんなお子様でも上達させていかす事が出来ます。私は水泳のコーチとしての指導も10年ほどしていたので、水泳を子供達に教える様に、器械体操も指導する事ができないかいろいろ悩んだ結果、マット・跳箱・鉄棒 以外にもたくさんのカリキュラムを練習の中に取り入れ、あらゆる運動をさせる様にし、指導者の数も増やして小人数制にする事により、逆上がりや倒立前転など重力に逆らった運動でもしっかりと補助者がついて練習できる様にしています。
向日葵体操クラブでは体の骨に成長線(骨端線)がたくさんある小・中学生の時期は、柔軟性や姿勢・技の感覚練習を中心に練習をして大会出場を目指します。成長期の過度な筋力トレーニングにはいろんな説がありますが、動物は体が大きくなるほど皮膚の表面積が少なくなり、それに伴い皮膚のすぐ下にある筋肉の量も減ります。体が小さい動物ほど皮膚の表面積が広く、筋肉の量も多いわけで猫やネズミが素早く動け、像はゆっくりしか動けない理由はここにあります。像が大きな耳を動かすのは体温を逃がして体温調節をする為で、像がネズミ並みに素早く動くと血液が沸騰してしまうそうです・・・「NHK人間大学 生物のデザイン(本川達夫)より引用」。要するに体が小さい方が筋肉の量が多く、体をコントロールしやすくなり、体操競技には有利になります(特につり輪・平行棒などはそうです)。子供の頃からの激しい筋力トレーニングはそれに適応しようとするが為に、体が大きく成長しないのではないか?と長年体操競技の指導をしていてそう感じています。体操競技は、オリンピックなどでも非常に華々しく魅力的なスポーツで、選手として競技するのも、指導者として指導するのも、非常に楽しくおもしろいスポーツなので、子供達にさせたいし普及させたいと思うのですが、しかし体が小さい方が有利だからと言って、体の成長を大きく妨げる可能性がある以上、子供の成長段階に激しい筋力トレーニングをさせるのは良いとは思えません。男性はある程度身長があった方が良いと思うし、女性は将来出産もします。体操競技を引退した後の人生の方が遥かに長いのです。一昔前までつり輪や平行棒などの負荷の強い種目はそういう所を考慮して、高校生から本格的に始めるのが普通でしたが、そんな事では試合に勝てないからと、今では小学生でも高校生・大学生並みに練習させたりします 【特に胸の胸骨は子供の時期は3枚に分かれており、大人になるにつれて1枚になります。子供の頃の胸部は弱いので、ここにあまり負荷をかけると脱臼しやすくなるので早く1枚になろうとすると考えられます・・・】。本格的に練習をさせて大会で結果を出さないと推薦入学などの問題もあるのですが、小・中学生の時期は文武両道で考えて頂き、ある程度きちんと体も心も成長してから、過度な筋力トレーニングは高校生くらいからと考え、大学生くらいで花が咲くように選手育成をしていけたらと考えています。スイミングなどでも日本は小・中学生の時期の泳がせ過ぎの為に、高校・大学でタイムが伸びなかったり、逆に高校・大学になってからの練習量が欧米に比べて少なかったりします。
右のサイコロは左のサイコロの8倍に体積が大きくなっていますが、一つひとつのサイコロは6面の内、半分の3面は内側に隠れてしまう為、表面積は4倍にしかなっておらず、皮膚のすぐ下にある筋肉の量も減るわけです。
<代表プロフィール>
1971年大阪府出身。体が弱かったので幼少期に剣道・水泳を始め、小学校高学年から中学では競泳選手として活動。大阪工業大学付属高等学校建築科(現・常翔学園高校)では体操部に所属。高校から初心者として体操競技を始め、強豪校に田中 光選手、池谷 直樹選手などが在籍する中で、大阪の大会団体3位、個人14位の記録を残す。高校を卒業後、大手ゼネコン(長谷工コーポレーション)で建設施工管理技士(現場監督)を務めたのち、スポーツ指導者の道に転身。インストラクター経験を10年ほど勤めたのち、当クラブを設立。